フリーダム嫁の攻撃性についての考察 その2

前回はフリーダム嫁観察日記にて現在は削除されている「不細工な嫁は浮気されても仕方ない」という記事の考察をしてみたが、いかがだっただろうか?

今回も引き続き炎上記事についての考察になる。それでは早速みてみよう。

子育てできないのに、何で施設に入れないの? byフリーダム嫁

えぇ、なんと言いますか、二つ目の記事も直球ど真ん中でございます。参照記事:https://bit.ly/37tUTQz

ええい、少しは読者の心臓に優しいタイトルをつけることはできないのか?この考察記事を書いていると、自分の過去の嫌な経験を思い出して動悸が激しくなってしまう。

だが、そんなことは言っていられない。それでは考察の時間だ。

今回の記事は、2018年10月1日の記事で電車内でフリーダム嫁の身に降りかかった出来事だ。

ある日、電車に乗っていたフリーダム嫁。ぬいぐるみを抱えた嫁が電車に乗っていると、どこからか子供が近づいてきて、嫁が持っていたぬいぐるみを欲しがる。

「欲しい」「あげない」というやり取りをしているうちに、ぬいぐるみの腕が女の子に引っ張られて破けてしまう。泣きだす女の子。

そこに、女の子の母親が現れ、第一声が「うちの子が何か?」。嫁が事情を説明するも「貸してくれたっていいじゃない」と捨て台詞を残しいなくなった母娘というストーリーだ。

漫画部分が終わったところで開口一番「いや、まず謝れよ!」というテキストから始まる。

テキスト部分がまた長くなりそうなので、先に漫画部分について触れておくと、私の感想としては「20代の女性がぬいぐるみを剥き出し状態で抱えて外を出歩くのは痛々しいな。買ったやつだとしても包装を剥がしたり袋から出してる時点で痛々しいし、家から持ってきたとしたらもっと痛々しい」というものと「子供の気を引くようなものを見せびらかして歩いてる時点で、少しはリスクも想定しなさいよ」という二つが挙げられる。

最初の感想に関しては「子供の頃の話」と言われるのなら、ぬいぐるみを与えて貰って、それを持って外出できる虐待環境って凄いねと思うし、二つ目の感想に「見せびらかす意図はない。可愛いから持っている」と言われたら、人にどうこう言う前に自分が年齢を考えて行動しろと思ってしまう。

というか、いい年をしたと書くと語弊があるかもしれないし、某団体から攻撃されたら面倒だが、敢えて書く。

いい年をした女性がぬいぐるみ抱えて電車に乗ってたら怖いだろ。

「え、もの凄い天然?それとも、ちょっと障害ある?」と瞬時に考えてしまう自信がある。それくらいには、一般的な状態ではないということをフリーダム嫁も自覚して貰いたい。

小さな女の子が、ぬいぐるみをどこにでも連れて行くのとは違うのだから。

漫画部分に対する感想はこんな感じであろうか。

そして、嫁の攻撃性はテキスト部分が始まる一気に表出する。

コメント晒して責めたてるのってどうなの?

冒頭、以下のコメントが貼られていた。

なんかものすごく残念。
電車乗って子供が泣いたら降りろ。
目的地でもないのに?子育てしたこともないやつが黙れよ。

あの、このコメントをしている人もさ、きっと大人なんだし、もう少し言い方ってものがあると思うのよ。おもいっきり喧嘩腰に見えてしまう。

こんな言い方されたら、考察されるくらいには攻撃性に定評のあるフリーダム嫁がスルーできるはずがないわけで、案の定、持論を語り出します。

コメントをしている人の「子供が泣いたらなんで電車を降りないといけないの?」という質問に、「周りが迷惑だから。周りに迷惑をかけないように、子供が泣いたら一旦電車を降りるようにして、それでも間に合うような時間割で動けばいい」と断言するフリーダム嫁。

流石にそれはどうかと思ったのか、フリーダム嫁の旦那がフォローに入るも「子供が人に迷惑をかけるのは仕方ないけど、その責任は親が取るものだし、その覚悟が無いなら子供を産まなきゃよくないか?」と嫁に言われて、すぐさま納得してしまう旦那。

旦那さん、アンタ、なんでそんなに簡単に折れるのよ。嫁が言いすぎている時に諫めるのも旦那の仕事だと分かって欲しい。

一緒になって相手を責めるって、もう少し冷静な判断力を持つことも必要なのではないだろうか。

前回にも書いたが「泣いている子供がうるさいと思う人がいるのも当然。泣いている子供を放置していいわけじゃないし、泣いてるものは仕方ないから周囲も諦めて欲しいと、自分の責任を果たさずに妥協を周りに求めるな」という嫁の意見も理解はできる。

その後に続けている「子供が他人に迷惑をかけたとき、その子供の親が『子供がしたことだから』って言って許して貰おうしているのは違うだろ」という意見もわかる。

『子供がしたことだから』というのは、その子供の親が言うべきことではなく、迷惑をかけられた側が、これでもかと謝る親に向かって「子供のしたことだからもういいよ」という感じで使う言葉だからだ。

これを履き違えている親は確かに多い。同様の事例はTwitter界隈でもよく話題になっているだろうから、興味があれば検索してみるといい。

ただね、嫁が言ってることは理解できるが、記事一つを使って、コメントを晒上げて、コメントした側は反論できない状態で一方的に意見をするっていうのはどうかと思う。

「この記事だって同じことしてるだろ」って言われれば、別に自分にされた意見に対してではなく、第三者として既に行われた討論について考察してるだけだから、根本的に違う。

極論ばかり言うのをやめなさい

この後もベビーカーを利用する親に対する苦言的な内容が続くが、ここも特に言ってることはそう間違っていないので割愛する。

そして、合間に旦那が「でも、何度注意しても言う事を聞かない子供だから親も諦めるんじゃない?」と至極真っ当な意見を述べるのだが、これに対する嫁の答えが「じゃあ子育てそのものを諦めればいいじゃん」となる。

嫁よ、だから何故、そう極論に走るんだ。親だって初子の場合は初めての子育てなわけで、子供と一緒に親として成長していくものだ。

子育ての経験が無いのだから悪戦苦闘もするだろう。他人に迷惑をかけてしまうこともあるかもしれない。そうやって少しずつ積み重なっていった経験が、第二子、第三子の時に役に立ってくる。

コメントをした人は、きっとそういう人なのだろう。だから「子育てをしたこともない奴が語るな」とご立腹なのだと思う。

確かに世の中にはフリーダム嫁が言う様に、子供の躾もできず、自分の子供が他人に迷惑をかけても責任も持たないようなどうしようもない親はいる。だが、すべての親がそういうわけではない。

子育て経験が無い者が「子育て出来なかったら施設に預けろ」と言ってしまうのは暴論であり、共感を得られるはずもない。

根底には「子育てできない=虐待する可能性」みたいなものもあるのかもしれないが、それは分かるように表現しないと伝わらないものだ。

分かる人には分かる、伝わる人だけ見て欲しいというのは甘えでしかない。

様々な人に虐待の実態を知って欲しいと考えてブログや書籍を出そうとしている以上、理解しやすい表現方法を考えるのは義務みたいなものでもある。

ちなみに個人的な意見になるが、フリーダム嫁の言い分を見た人が普通に受け取る印象としては、結婚して子供作っても、周囲にこんなこと思ってる人ばかりだったら結婚とかしない方がよくない?というものだと思ってしまうんじゃないかと危惧している。

子育てできないなら施設に入れろ。躾は親の役目。自分の子供がかける迷惑で周りを巻き込むな。

初めて結婚して、初めて子供を作る前からこんなにプレッシャーをかけられたら、日本の少子化に貢献してしまうのではないだろうか。

先の「不細工な女は~」の記事で、結婚に夢を持てないのはフリーダム嫁の言うところの「不細工な女」のせいと書かれていたが、自分からすれば、フリーダム嫁も十分に結婚に夢を持てないようなことを言っていると思う。

三段論法的に言うと、結婚に夢を持てないのは不細工な女のせい→結婚に夢を持てないのはフリーダム嫁のせい→フリーダム嫁は不細工な女、という形になってしまう。

皆さんの見解はいかがだろうか?

今回は一旦ここで終了し、次回に続く。

また読んでいただければ幸いである。

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