フリーダム嫁と旦那の変遷~フリーダム嫁ブログが始まってから入籍まで~その2

前回はフリーダム嫁が太り出したのはいつか?というところで終えたので、今回は続きから書きたい。

それでは早速本題に入ろう。

フリーダム嫁が太り出したのはいつ頃か?

フリーダム嫁は7歳の時点で130cmで体重10㎏台。ここから成長して165cmまで身長は伸びる。それでは体重はどうだろうか?

まず、保護施設に入るまでは慢性的な栄養不足により痩せぎすな体型だったと思われる。そこから施設を出て、自分で稼いで食料を調達できるようになるあたりでも、労働時間の長さなどから、そこまで太ってはいないだろう。

むしろ、ある程度太っていないと14kgも痩せたら大変なことになってしまう。

それでは太り出したのはいつか?考えられる時期は二つあり、一つ目の可能性としては旦那と出会う頃だろう。

この時期は他の時期と比べ精神的にも安定して、経済的にも安定している。ある程度健康体であったろうことは想像できる。この旦那と出会う頃に太っていたと考える理由としては、旦那が嫁に興味を示さなかったのはぽっちゃり気味だったからという可能性だ。

ガールズバーのAさんが気に入ったのは旦那好みの体型だったのではないか。だからポッチャリとしていたフリーダム嫁は旦那に見向きもされなかった。

そして恋煩いなどによる食欲の低下で、徐々に体がほっそりとしていく。そうした中で、旦那の好みにハマったタイミングで旦那から誘われ、体の関係になったのではないだろうかという推測だ。

もう一つは、旦那と同棲を開始してからだ。

外出が出来なくて仕事にも行けなくなり、家でゴロゴロする日々。旦那がいない時にはAさんが襲撃をしてきて精神的にダメージを受ける。そこで受けたストレスの解消策が過食だ。

初期の記事を見ると甘いものは好きなようで、お菓子やスイーツなどをよく食べている印象がある。

まったく運動をせず、食べては寝ての生活。更にはAさんによるストレス。そんな条件が重なった結果太ってしまったのだろう。そんな状態を打破するべくフリーダム嫁はダイエットを開始する。

結果として14kgのダイエットに成功するのだが、それだけのダイエットをしながら、Aさんの襲撃にも耐えきったというメンタルは凄いものがある。

また、旅行にも行き、蟹などを大量に食べていた描写もあるが体重管理は万全だったのだろう。そして、もちろん、Aさんはこの旅行中はフリーダム嫁宅への襲撃はお休みだったに違いない。Aさんにとってもいい骨休みとなっただろう。

8月に入るとジムにも通い始め、嫁の体作りはいよいよ余念がなくなってくる。

旦那がフリーダム嫁にプロポーズした雨の日はいつ?

二人での旅行も終わり、嫁がジムに通いだすようになると、いよいよプロポーズ時期に突入する。

この時期の話が非常にややこしいのだが、2017年の記事(参照記事:https://bit.ly/34PxhE2)では8月に入籍したと書いている。しかし2019年に2017年8月末に引っ越しをしたという記事(参照記事:https://bit.ly/2KXC0Mq)がある。

Aさんの嫌がらせが酷すぎてフリーダム嫁が参っているこの時期に、プロポーズをするほど旦那は無神経なのだろうか?

流れとしてはAさんの嫌がらせが続くので嫁が警察に相談する。警察は巡回を強化してくれるというも、旦那が見た限りでは警官の姿が見当たらない。その間にもAさんの嫌がらせは続く。ついには我慢できなくなり、旦那の父親に車を出して貰い引っ越しをするのだ。

そんな大変な時期に、プロポーズをするものだろうか?しかもプロポーズをしたのは雨の日の夕方から夜である。

「雨が降っている」と渋る嫁を無理やり突き合わせて外出し、外で片膝をついて指輪らしきものを渡したのである。

それでは、2017年8月と念のため9月に東京に雨が降った日を調べて見よう。

Goo天気(参照リンク:https://weather.goo.ne.jp/past/662/20170800/)で調べて見た結果、8月の夕方以降に雨が降っていた日は8月1、11日、15日、16日の4日間だ。9月だと1日、6日、12日、17日、22日の5日間になる。

先に8月末の話をして、後から8月半ばの話に戻るという非常に分かりにくい構成はどうにかならないものかといつも思うが、この辺りの説明の少なさという親切心の不足が読者の理解に誤解を与えてしまう可能性も考えて欲しいものだ。

ただ、きちんと時系列通りに書いているとしたら、結婚自体が9月になってしまうため、前述の2017年に入籍したと言う記事と矛盾する。ここでも実録ブログの根底を揺るがす事態が発生してしまうのだ。

なので、入籍自体は8月という前提でこの記事は書くことにしよう。となると、今度は直近の2019年11月24日のこの記事(参照記事:https://bit.ly/2XKBuXh)に「旦那の父親とは何度か会っていて大好きな嫁だが」と書いてあるが、いつフリーダム嫁は旦那の父親と会っていたんだと言う話になる。

こんな感じで気軽にツイートをする嫁の性格上、旦那の父親に会ったなら「旦那の父親と会った。これからご飯~」みたいなツイートを上げそうだが、そういったツイートはないのである。だからと言って、嫁が旦那の父親とは会っていないとは断言することはできないが、会っていない可能性は高いのではないだろうか。

入籍をするという事で旦那の実家に挨拶に行こうとするも、旦那の母親との電話で、嫁が旦那の母親に苦手意識を持ってしまったというエピソードの際に、上記の「旦那の父親とは何度か会っていて大好きな嫁だが」という一文があるが為に、時期が確定しづらくなってしまっている。

分かりやすく説明するとこうなる。

引っ越しの後なら旦那の父親と会っているのが確定 = 入籍は9月以降
引っ越しの前なら旦那の父親と会っているか不明 = 入籍は8月でも可能だが・・・

これは突き詰めると、もし引っ越し前に旦那の父親と何度か会っていたのなら、旦那も嫁も何故、父親にAさんのことなどを相談しなかったのかということである。

引っ越しの際には父親を頼っているのだから、相談をするとしたらもっと早くてもいいはずだ。だが、相談をした様子が見られない。逆に相談をした上でもAさんの襲撃は抑えられず、嫁は自傷を繰り返すという結果だとしたら、旦那と旦那の父親は親子揃って何もできない無能の証明となってしまうのである。

流石にそんなことはないと思いたいが。

そして、話はプロポーズの件に戻すが、このプロポーズで一番の疑問は2017年8月~9月で嫁のツイートにプロポーズに関する話は一切ないことだ。

2017年9月4日に結婚報告をしているが、だったらほんの数週間前のプロポーズは隠さなくても、その時点で結婚してませんでしたと白状してもよかったのではないかと思う。

実録を語っているブログで、結婚していないのに夫婦を語っているという自覚があったのだろうか。

ただ、嫁もTwitterで9月4日に遅ればせながら結婚報告をしているということは、8月の入籍は間違いのないことであり、プロポーズも8月の雨の降っていた4日間のいずれかで間違いはないだろう。

これが、実はプロポーズは7月でしたとかになると、余計に話しがややこしくなるのでここでは考えたくない。

ここまでで前記事で述べた「フリーダム嫁の太っていた時期」「旦那がプロポーズしたのはいつか」「入籍は8月で間違いないのか」という点は考察できたと思う。

最後に「旦那の実家に挨拶編」について触れて、この考察を終えたい。

フリーダム嫁の旦那は嫁から見たら敵なのか?

現在進行中の話になるので触れるのは11月26日までに公開されている分に関してになるが予めご了承いただきたい。

入籍をするにあたり、報告も兼ねて旦那の母親と初めて電話で会話をするフリーダム嫁。

ここで第一声が「あ、どもども、初めまして」なのだが、読者諸氏に考えて貰いたい。もし、自分の息子が結婚したい人を紹介したいと電話をしてきて、電話口の第一声が「あ、どもども、初めまして」という女性だったらどんな感想を抱くだろうか。

私なら、一瞬思考が止まるだろう。仮にも結婚を考えている相手の親に対して、初めての電話である。印象は出来るだけよくしておこうと思うのが大抵の考えだと思う。それを無視して、いきなりフレンドリーにされては、正直、第一印象はあまり良く思わないかもしれない。

そして、軽い挨拶の後に聞かされるフリーダム嫁の重い生い立ち話。いきなりそんな話を、初めて会話する人に聞かされても困惑するだろうし、その態度に「話を聞いてない」と思うのは些か自分勝手ではないだろうか。

人との距離感を完全に間違えているエピソードである。

その後、母親から旦那に心配のメールが入る。「子供とかどうするの?」と真っ当な親なら誰しもがする心配だと思うが、そのメールを無理やり見たフリーダム嫁は「とてもショックな文章だった」と感じる。

これは逆の立場から見れば、息子が初対面の挨拶も碌にできない上、虐待されて中絶したという女性と結婚しようとしていることを知らされた母親の方も相当にショックを受けたことだろう。

そのメールを見て、旦那の母親に嫁は苦手意識を持ち、旦那も母親の考えを変えようと何度も電話をするも「長い年月をかけて拗れてしまった考えは変わらない」と思うに至る。

しかし、ここで言う「長い年月をかけて拗れてしまった考え」とは何のことだろうか?嫁と電話で話して、虐待などのことを聞いたのもつい数日前のことではなかったのだろうか。

いったい、この母親がいつから「虐待を受けた人に子育ては無理」と考えていたと旦那は知っていたのだろうか?また、知っていたのなら、何故、嫁に話しておくなりして事前に対処をしなかったのであろうか。謎である。

すったもんだの末、挨拶に行くことが決まり、11月26日の記事「テレビで得た知識」で旦那の実家を訪れる。開口一発、旦那が「虐待された子が子育て出来るの?って何?凄い嫁が傷ついたんだけど」と喧嘩腰になる。

それに対して母親も「はぁ?なんで(メール)見せるの?そっちの方があり得ない」と応酬する。

この場合、母親が圧倒的に正しいのではないだろうか。嫁には聞かせられないことだから、メールで旦那に送ったのだ。それを旦那が嫁に見せてしまったら、まったく意味がない。

「見せたのが悪い」「そんなメールを送るのが悪い」という親子の言い合いを前にして、一人「改めて虐待とは偏見があるものだ」と感じるフリーダム嫁。この書き方には「自分は受けいられて当然なのだから、受け入れない方が悪い」という甘えが見え隠れしてしまって仕方ない。

こういう事態を招いてしまったのは浅はかな行動をした自分と旦那なのではないかと思う。

また、こういった席での旦那の立場は喧嘩腰になることではなく、どうにか嫁と母親が上手くいくよう取りなすのが正解ではないだろうか。

一番最後、嫁が実家のキッチンで一人で泣いていたというコマが入るが、これも他人の家のキッチンに勝手に入って泣くと言うのは、その家庭の台所を仕切っている人を敵に回す行為だと思う。勝手に入られた方は良い気分ではないだろう。

この旦那の実家に挨拶編は、フリーダム嫁の旦那が、嫁の味方の振りをしながら取っている行動はことごとく敵対行動をしているように見える。旦那の家族と折り合いが悪いのも自分が蒔いた種なのかもしれない。

以上になるが、フリーダム嫁と旦那の変遷~ブログ開始から入籍まで~の考察を終わりにしたい。

そして、どうしても言わせて欲しいがこのサブタイトルの「テレビで得た知識」とはなんだったのか。作中でも一切触れてないし、そこまで考察しなくちゃいけないのかと思うと頭が痛い。

タイトルとURLをコピーしました