立場が変われば発言も変わる?フリーダム夫妻の本音とは

この記事を書いている日は2019年12月3日。いよいよ明後日12月5日にフリーダム嫁の書籍が発売される。当サイトの様なまとめサイトが出来たくらいには世の中に影響を与えたことは間違いない。

そこで、今回は『うちの嫁は児童虐待サバイバー:彼女の生きてきた16年間を見てほしい』が発売されるにあたり、これまでのフリーダム夫妻の発言を取り集めて、その変遷を見ていこうと思う。

フリーダム嫁の書籍の根幹となる部分について

フリーダム嫁が書籍化されるにあたり、主題となるのは虐待された部分である。虐待事件が多い昨今、少しでも多くの人に虐待について知って欲しいということで『実録』という形で作品を公開しているのだと夫妻は語っている。

そんな二人は虐待の体験を公開することに関して、物語を進めている途中でこの様なツイートを残している。

過去の事を思い出すのは辛いだろうと心配するフリーダム嫁の旦那を他所に、フリーダム嫁の方は思い出すことは辛くないが、それよりも身バレが怖いと発言している。

これは、ちょうど同時期にとあるゆるキャラの件で夫妻のTwitterは炎上していたことにも由来するのだろう。

この少し前にもこの様なツイートをフリーダム嫁がしている。

「何故、義理の親の(性的含む)虐待を警察に通報しなかったのか?」という読者の質問に答えたツイートだろう。逮捕されても、それは一時的なものですぐに出てくるだろうから、その後に復讐されたらと思うと怖くて通報できないということである。

そんな義理の親に現在の自分達の居場所などがバレたら怖い。フリーダム嫁が一番心配しているのはこの一点である。

自分を虐待した義理の親に居場所がバレたら乗り込んで来られるかもしれない。そんな恐怖心から彼らを通報することもしないし、身バレに繋がるようなことはしないで欲しいとも読者らにお願いをしている。

ここで皆さんに質問なのだが、皆さんなら身バレしたくない時はどのような行動に出るだろう?多くの場合、なるべく自分が表に出ないように行動を心がけるのではないだろうか。

だが、フリーダム嫁夫妻は頻繁にツイキャスを開催しては自分の肉声を世界に配信し、8月にはNHKという公共放送にも姿を見せている。そして12月5日には書籍も発売するというのだ。

ひるまえほっと(東京G1) 2019年08月01日(木)
フリーダム夫妻出演の参照動画

いくら顔は隠すとは言っても声は変えていない。そして、その中で自らが関わっているブログも紹介されている。『実録』を謳っている内容なのだから、受けた虐待内容も真実なのだろうし、それを行った当事者にしてみれば、思い当たるのは容易いことなのではないだろうか。

そこからTwitterを調べたりすればツイキャスの情報なども調べられるし、ブログの内容を見れば確証を得やすいだろう。何より、フリーダム嫁の弟はネット関係が得意らしいので尚更だ。

身バレが怖いという嫁の意見を抑えてまでTVに出演したり、ツイキャスで肉声を世界に配信したり、書籍化までできるということは、嫁の心配を取り除くことが出来たからなのだろうとは思うが、もし、そうでないとすればわざわざ自分の所在を知られてしまうようなことをする行動の意図が、単なる金儲けの為という以外にわからない。

フリーダム嫁夫妻は虐待を金儲けのコンテンツとして考えているのだろうか。

フリーダム夫妻は虐待に関してどんな発言をしているのか

上記は虐待に関するフリーダム嫁旦那の発言だ。これだけ見ると、児童虐待に関してとても考えている人と思える。だが4ヵ月前のツイートではこのような発言をしている。

これを見るとフリーダム嫁の旦那は、寄ってたかって人を攻撃する行為と虐待は同列のものという認識をしているように思えてしまう。

更には上記のツイートを見ると、虐待の被害者が嫌がらせを受けるのは不条理だという主張の様に思えるが、虐待をした加害者は別として、虐待被害者も関係のない第三者も対等な人間である。

第三者同士で嫌がらせと受け取れる行為をされてしまうのには、その人個人の人間付き合いなどの問題もあるだろう。

また、中には面白半分で虐待されたことを弄ってくるような者もいるかもしれない。だが、フリーダム嫁が虐待されているという情報を流したのはそもそも自分達なのだ。

フリーダム嫁は過去の記事で虐待の話をしたら変な顔をされたことがあるから、話す人は選んでいると述べている。

話す人を自分で選んで話す。自衛行為としては最適かもしれない。しかし、フリーダム夫妻はブログという話す相手を選べない方法で虐待の体験を晒してしまったのである。

その様な行動をしておいて、「嫁は虐待されたって知ってて嫌がらせするとかおかしい」と考えてしまうのはあまりにも利己的ではないだろうか。

虐待被害者に不快な態度を取られても、我々はそれを甘んじて受けないといけないのか。そう言った話になってくる。

世の中には誰にでも優しい人、虐待被害者に優しい人、誰にでも優しくない人、虐待被害者に優しくない人、様々な人がいることは旦那もこのツイートをしているので分かっていると思う。

このツイートの言葉を借りれば「虐待を受けた事を知っているなら嫌がらせをするな」という価値観を、旦那も人に押し付けているのではないか?

先程書いた通りに、様々な人がいて様々な考えの人がいる。

フリーダム嫁が虐待されたことは知っていても、フリーダム嫁に自分にとって許せない発言をされて、それに対して意見をする人も当然いるし、我慢する人もいる。

それが「人は人、自分は自分」ということで、攻撃する人もいれば攻撃しない人もいる。興味ない人もいれば、根掘り葉掘り関わってこようとする人もいる。

さもすると、自分の発言の意味を理解していないのはフリーダム嫁の旦那の方かもしれないし、その様に受け取られてしまう可能性もあるだろう。

ここで話を見出し直後のツイートに関して戻すが、虐待に気づいたら守ってあげてと言う言葉には私も同感である。だが、フリーダム夫妻の発言を聞いていると、はたして関わっていいのか思ってしまうこともまた事実なのだ。

まずは次のツイートを見て頂きたい。

確かに子供の側からSOSを出しづらいかもしれないし、子供の出しているサインに気づいてあげることは大切なことだろう。私は経験が無いので分からないが、虐待されている環境よりは児童相談所の方が天国なのかもしれない。

ただ、次の記事を見た後だとどうしても二の足を踏んでしまうかもしれない。

コメントのお返事「嫁さんとは違いますが、昔小さいときのトラブルで第三者が介入した時、何してくれたんだ!と思ったことがあったから」

2019年5月14日の記事

この記事は読者からのコメントにフリーダム嫁が返信したものである。

その中でこんな発言がある。

第三者も介入したくても出来ないパターンが多いし

虐待は特にそうだと思うね

同2019年5月14日の記事

マナーとして

人のトラブルに首突っ込むなら、それ相応の覚悟と人数を集めてこい

って思うかな

同2019年5月14日の記事

虐待に気がついて介入して助けたいと思っても、虐待被害者でもあるフリーダム嫁に上記の様なことを言われてしまうと荷が勝ちすぎてしまう。

虐待被害を受けている子供を助けるか助けないで葛藤をして、さらに介入した後の事態に対して覚悟をし、それなりの人数も必要と言われてしまうとハードルが高すぎて助けることに躊躇してしまいそうだ。

自分に迷惑がかかる状態にならない限りは「所詮は赤の他人。自分が通報しなくても誰かが通報する」と見て見ぬ振りをしてしまう人もいるかもしれない。

フリーダム嫁旦那のこのツイートが端的に表していると思う。

世の中は正解と不正解にきっちり分けられるものだけではない。きっと中には間違った答えだとしても、それを選ばなければいけない場合もあるだろう。

「ここで自分が見過ごしたら、あの子供が死ぬかもしれない」と分かっていても、第三者として介入しづらくて最悪の結果を招いてしまうケース。

後先考えずに子供の救助をしたものの、しかし、その後に自分が逆恨みされて事件に巻き込まてしまうケース。

どちらが正解になるかは、その人次第。第三者が押し付けることはできない。だが、勇気づける言葉で背中を押すことは出来る。

フリーダム嫁ブログに対して苦言を呈したいのは、水を差すようなツイートや文章に注意をしたら良いのではないかということだ。

そもそも、虐待を啓蒙するために自分達の体験を記事にしてブログとして公開しているはずである。それを読んで感銘を受けた人たちも、他の記事でフリーダム夫妻の心無い発言を目にして興が醒めてしまうこともあるだろう。

せっかくの『実録』という強いイメージで虐待について世間に広めるということにはある程度成功しているのに、不用意な発言があまりにも目についてしまう。

フリーダム夫妻の虐待についての発言だけを見ると非常に残念に思うことが多い。

その部分が無ければ、このまとめサイトも存在していなかったかもしれない。

ブログは無料だから見なくても良くて、本は有料だから買ってほしいが本音?

最後に、この記事冒頭のツイートに触れる内容を書いてこの記事を終えたいと思う。もう少しだけお付き合い頂きたい。

下記のツイートは本の告知をしているツイートであり、誰に向けているかについて注意して見て欲しい。

いかがだろうか。一目見てお分かりの通り、大多数の色々な人に向けて本を買って欲しいと訴えている。それに対してブログに対してのスタンスに関してはこの様な感じだ。

大多数に向けた発言じゃない、だから普通の人には伝わんないんだと思う。 このブログだって一般の人に向けて発信してるんじゃないから

https://twitcasting.tv/freedom_yome/movie/566414159

ブログの方に関しては驚くべきことに大多数に向けた発信ではないのだ。それは無料で発信しているものだから見ても見なくてもどちらでもいいということだろうか。書籍に関しては印税が発生するから売れてくれないと困るのかもしれない。

何より、ブログの方は上のツイートにもあるように「虐待を受けた事よりも嫁がどう立ち直っていくのかに注目して欲しい」とある。

しかし2019年12月3日時点で「旦那と話し合いをした。理解が進んだ」という記事は何度かあったが、具体的な方法は何一つ描かれないまま完結となった。

唐突に家の人(義理の親)から連絡が来て「私にしたことは虐待だと理解しているのか?」と反論し、意見は平行線のままで何一つ解決はしていない。

事実として言えるのは、一目惚れした相手とセフレの関係からスタート、結婚して今も暮らしているということ。2019年6月時点でゆるキャラの件で炎上して「身バレが怖い」と呟くくらいに義理の親については何も解決していないということだ。

こうした状況下で「私には理解してくれる人がいるからそれ以上求めないことにした」という文で完結となっている以上、この作品が出した虐待者への救済のアドバイスは「理解してくれる人を作れ」というただ一点に集約されるということだろう。

そして、記事の前振りなどでよく使われる「虐待されている状況から抜け出しても後遺症は続く」というテキストから、現状、虐待されている人達がこの作品を読んだ時に「この後にもまだ地獄が待っている」と絶望してしまいかねないというのは過剰な心配だろうか。

こうしたフリーダム嫁観察日記を虐待編が始まってから2019年12月3日までを要約すると、「虐待されている状況から逃れても後遺症で苦しむから、理解してくれる人作れば多少はマシ」ということになると思う。

それを虐待被害者が読んだとしても救いの光明すら見出すことは難しいかもしれない。

そういった意味で、この作品をエンターテイメントとして見られるのは自分が虐待をされた経験が無いからこそで、虐待経験を持つ人達に疑問を持たれてしまうこの作品が、一体何のために作られたかと言えば、やはり虐待をされたことの無い人の同情を買って、本を買って貰うこと。つまり、金の為という事になってしまうのではないだろうか。

本を出すのは金を稼ぐ為と言われてしまえば身も蓋もないが、先のツイートでも上げたように「虐待被害者に嫌がらせするな」という意見に対して、この作品によって精神的に苦痛を受けた虐待被害者は「嫌がらせをされてもいい虐待被害者」なのかどうか、是非、考えて頂ければ幸いである。

ここまで読んで頂いた皆さんには感謝の意を表明する。

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